Entertainment
近未来、地球上の植物は全て絶滅し、唯一残った種を守るため宇宙空間にドームが作られ、その中で植物学者が苦心するというエコロジカルSF映画『サイレントランニング/SILENT RUNNING』。
『サイレント・ランニング/SILENT RUNNING』は感傷的な余韻の残る映画です。全体の作りは低予算見え見えで、エイリアンが襲って来るというような派手なアクションシーンは無く、作品全体を支配する寡黙なムードが苦手だと思う人もいるでしょう。
主人公の植物学者フリーマン・ローウェルに個性派ブルース・ダーンが扮していますが、これ又独りよがりで暗い。地球では植物が全滅してしまった未来(2001年という設定!!)、僅かに残った植物は宇宙船ヴァレー・フォージのドームで実験用に育てられていましたが、地球政府からドーム爆破の命令が下り、ローウェルは植物を愛するあまりに仲間を裏切り爆破を阻止、助手のロボット達と共に宇宙空間へ逃走を試みる…という内容は、かなり独特。今でこそ環境破壊問題に人々は敏感で、エコロジーは映画界においても流行していますが、1970年代初め頃にSFとその問題との組み合わせでは、さぞかし異色だった事でしょう。
テーマが理解されにくい以上にダグラス・トランブルが長篇初監督という事もあり、脚本とSFXのバランスを保てなかったようで、演出テンポが当時のアメリカでは理解されず、観客の好みにも合わなかったのか、公開早々に打ち切られました。日本ではTV放映から徐々に浸透し始め、ビデオ化されてからミニシアターで上映後、カルトクラシックスとなりました。ダグラス・トランブルがSFX担当で参加したスタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』でさえ、その先見性が賛否両論だった位ですからさもありなん、です。しかし、ぼくは『サイレント・ランニング』が持つ雰囲気を愛して止みません。前述したようなラフな作りを超えて尚持つ、純粋で静かな世界観がたまらなく好きなのです。ちなみにタイトルのサイレント・ランニングとは、潜水艦が敵の探知を避けるため動力を限界まで抑え、深く潜行する事を指す軍事用語です。
現実に地球のNASAから火星に送られる探査船や探査ロボットのニュースを見る度に連想してしまうのですが、この映画に出て来る3体の作業ロボット「ヒューイ、デューイ、ルーイ」が忘れられません。『STAR WARS』のR2-D2や『WALL・E』の先駆けとも言える存在でしょう。植物をメンテナンスするドローンと呼ばれるこのロボット役は、かなりアナクロな技法で撮影されています。低予算から当然リモートコントロールで動くものでは無く、現在のSF映画のようなCGは勿論使っておらず、その心に残る愛らしい拙い動きは全て、戦争で負傷した障害者俳優がロボット型の中に入って演じています。
そんな裏事情が分からなくとも、このロボットと主人公との触れ合いには不思議な感情を抱いてしまいます。ラストシーン前後はそれがピークに達し、何とも言えぬ物哀しさに彩られた宇宙空間に浮かぶその情景は、ジョーン・バエズの歌と相まり忘れられないものとなりました。胸が痛くなるほどのナチュラルな寂しさが、余韻としていつまでも心に残ります。もの言わぬ小さな無垢の存在を、何よりも愛して止まない日本人の感性にぴったり来ると思います。
何度かこの映画は観ていますが、1970年代の終わり頃、TVの日曜洋画劇場において放映された時の印象がとりわけ強い。番組終了後はいつもの淀川長治さんの解説と次回予告があって気持ちが明るく切り替わるはずが…、変わらない。そして番組のエンディングテーマであるコール・ポーターの『SO IN LOVE』が流れると、何とも形容し難い思いが、更に膨らんでしまった事等を思い出します…。1970年代のアメリカ映画が持つ雰囲気に共通する「ヒロイズム不在の切なさ」が、この映画にも含まれているからかも知れません。ベトナム戦争の後遺症がテーマやトーンを重くさせるのなら、目の前に様々な問題と混沌を抱える現代社会は、今後の映画に何を見出すのでしょうね。
STORY
20世紀末、地球上の植物は全滅していた。僅かに残された木々や草花は、地球から遠く離れた宇宙空間に停泊する3隻の巨大な宇宙輸送船の温室ドームの中で育てられていた。ヴァレー・フォージ号もその中の1隻だった。乗組員達は一刻も早く帰還命令が出される事を望んでいた。2001年を迎えた日、地球政府から全員に帰還命令が発せられた。喜ぶ乗組員達をよそに、植物学者のローウェル(ブルース・ダーン)だけは暗い表情をしていた。彼が心から愛し、育てた木や草花を収容したドームを爆破せよという命令が出ていたからである。遂に地球に帰る日が来た。次々と宇宙船からドームが切り離され、宇宙空間でまばゆい光となって爆発してゆく。たまりかねたローウェルは、爆破する準備をしていた3人の同僚を殺し、ヴァレー・フォージ号のドームと共に、宇宙に深く潜行し、逃亡する道を選ぶ。
やがてヴァレー・フォージ号は土星の輪に突入し、その時船外作業をしていた3台の小型ロボットの内1台が逃げ遅れて吹き飛ばされてしまう。ローウェルは残った2台のロボットにヒューイとデューイという名前を与え、吹き飛ばされたロボットにはルーイと名付けた。ローウェルはドームの植物が枯れかかっている事に気付いた。太陽から遠離り過ぎて植物に必要な太陽光が不足したのが原因だと知り、人工灯を当て光を供給した。しかし地球からの救助宇宙船にローウェルは発見されてしまう。彼はもうどこにも逃げられない事を悟り、ドームだけを残し、ヴァレー・フォージ号を爆破する決心を固めるが…。
『サイレントランニング』(配給=ケイブルホーグ)
監督:ダグラス・トランブル
出演:ブルース・ダーン、クリフ・ポッツ、ロン・リフキン 、ジェシー・ヴィント
原題:Silent Running/1972年/アメリカ/89分/