私はクリスマスをテーマにしたポップスやロック、ジャズのアルバムが好きで、いろんなミュージシャンが工夫を凝らしたものを集めて来ました。今の時期、銀座の山野楽器や渋谷のタワーレコードにおけるクリスマスコーナーを眺める時、毎年の便乗商法だからとスカして冷めた大人の目線よりも、子供じみたワクワク感が遥かに勝ります。
ビング・クロスビーの『ホワイト・クリスマス』や、メル・トーメ、フランク・シナトラ達のクルーナ唱法はクリスマスの夕べに欠かせないし、フィル・スペクターのモータウン『A CHRISTMAS GIFT FOR YOU From Phil Spector』はもはや永遠のパーティーソングスでしょう。
GONTITIのゆったりとしたアコースティックや、山下達郎の『Season’s Greetings』のアカペラもスタンダードとなりましたね。
佐野元春やジョン・レノンの歌声は晩秋から冬にかけてのこの時期の、寂しくて切ない気持ちに寄り添ってくれます。
ビーチ・ボーイズは賑やかにクリスマスを盛り上げ、そしてそこから独立したブライアン・ウィルソンは内向的ながらもクリスマスを祝っているし、ナット・キング・コールは『ザ・クリスマス・ソング』のジャケットで、あの独特のスマイルを浮かべて暖炉の前にいます。
ポーグスの歌詞は何だかトンでも無いけれど、心の奥に響くものがあります。
シンガーズ・アンリミテッドやマンハッタン・トランスファーの見事なコーラス、デヴィッド・フォスターの『Christmas Album』の壮大なアレンジ、スティービー・ワンダーの素晴らしいリズム、アレサ・フランクリンのゴスペル、ジェームス・ブラウンのファンキーさ、カーペンターズの静けさ、ディーン・マーティンの呑気なウィンク、ペギー・リーやジュリー・ロンドンはクール、エラ・フィッツジェラルドの抱擁、ポール・マッカートニーはサンタを今にも連れて来そう。
キース・ヘリングのイラストレーションが楽しい『A VERY SPECIAL CHRISTMAS(クリスマス エイド)』は、ロックのクリスマス・オムニバスの走りでしたね。
スヌーピー達は『A CHARLIE BROWN CHRISTMAS』で軽快なあのテーマを中心にジャズで、あ、そうそうジャズならば懐かしいタック&パティ、タック・アンドレスの見事なギターによる賛美歌も忘れちゃいけません。ケニー・Gもこんなときには引っ張り出してしまいましょう。
あらゆるミュージシャンが、特別な意味を込めて、豊かに、時にはささやくように、クリスマスを祝っています。そして雪の日、プレゼントを開ける朝に相応しいケニー・ランキンのクリスマスアルバムが私にとっては決定盤です。彼のウェブサイトのみで販売されていたプライベートなクリスマス・ソング集で、2008年に待望の日本盤CD化となりました。
これを聴くと、そのあまりの静謐さと滋味深い味わいに涙が出そうになります。アコースティック・ギターとエレキ・ギターの静かなフレーズ、抑えたハーモニー、コーラスが効いています。何よりケニー・ランキンの声が素晴らしい。何という声でしょう。しみ渡るようなシルキー・ヴォイスが、何処までも優しい。彼の娘が描いたジャケットのイラストレーションに素朴で純粋なクリスマスを感じます。
近年ソフト・ロックが流行し、昔からのファン以外の層にもその人気が浸透しつつあるケニー・ランキン。フォークとロックの秀逸な名曲カヴァーと、繊細な自作ナンバー、家族や娘のために書かれた子守唄、どの曲もジェントルさに溢れています。このクリスマスアルバムは、淡い水彩画のようなタッチと家族愛に満ちた温かなニュアンスがたくさんつまっていて、シンガー・ソングライターがファンに向けて心を込めて作った、という親密さが伝わって来ます。
AOR、ソフト・ロック、フリー・ソウル、ジャズ、ボサノヴァと多岐に渡る活躍で培った才能はこれみよがしには現れませんが、小さな蝋燭の炎が静かに、しかし決して消える事無く、幾つも窓辺で揺れるような、そんな印象的な仕上がりとなっています。
休みの日の陽射しの中で目が覚めるひととき、外出着にダッフル・コートかピーコートかを選ぶ束の間、愛犬をお伴に散歩や買い物を楽しむ時間、冬を冬らしく過ごすには彼の声が相応しい。やがて夕陽を迎え、夜の帳が降りて来る頃には穏やかな気持ちになっているはず。そして星空を眺めて、アルバムを又聴き、灯りの下で私は様々なクリスマスの絵本を眺め、愛犬の撫でていつしか眠りにつきます。
2009年6月7日に享年69歳で逝去したケニー・ランキン。彼が残した温かな灯火のようなクリスマスアルバムは、冬を過ごす人々の気持ちと暮らしを、ブランケットの代わりに包む事だって出来るのです。