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「森の外れの小さな家に1人で暮らしているエルシーは、神さまにかわいくて大きなねこをお願いしました。神さまは、すぐに新しいふわふわの雪で、かわいくて大きなねこをつくり…。」命は何処から来て何処へ行くのか。冬の静かな日に読みたい、そんな絵本です。
ぼくは絵具の技法を目一杯駆使して描き込まれた絵本よりも、簡潔な線と面で構成された絵本が好きだ。そういう趣向のものばかりが、いつの間にか自分のスタジオの本棚にたくさん集まってしまった。
仕事が終わらず徹夜したある朝、陽の光が部屋の中を照らしている。白と青の装丁の、1冊の絵本に目が止まる。ダイヤル・コー・カルサの絵本『ゆきのねこ』。読むと静かな気持ちにかならずなる事を知っているぼくは、仮眠前に手に取ってみる。
カルサは独学で絵を学んだ人らしく、気取りの無さがナイーヴな雰囲気を生み出し、優しく温かいタッチが簡潔な中にも魅力的ににじみ出ている、とぼくは思う。カルサの絵本は洋書を含め数冊持っているが、日本版は『ゆきのねこ』以外、『ギャンブルのすきなおばあちゃん』、『いぬがほしいよ!』は絶版となってしまっている。『いぬがほしいよ!』のスーラの構図を取り入れたページなんて、思わずにっこりしてしまう素直さがある。絵本を理論的に分解するような上段ぶった嫌味とは無縁の、素晴らしい世界がページをめくる度に広がる。
1989年に46歳の若さで亡くなったカルサの遺品を、家族や友人たちが整理を数年かかって行い、この『ゆきのねこ』の原稿等が発見され、あまりの素晴らしい出来映えに感動した皆の働きによって出版される事となった。
物語はこの言葉から始まる。
あなたが生きているあいだには
このうえなくすばらしい日があります
たんじょう日さえも
かなわないような日が
なん日かはあるものです
真冬の森の外れに住む少女が、ある日神様に願い事をする。
少女は雪深い独りの生活に寂しさを感じている。陽の光を受けるうさぎの足跡、チリンチリンとなるカンジキの音色、ぼんやりと続く地平線、薪ストーブの炎、家の窓に映る夜景等に囲まれている状況が、淡々と静かに描かれる。冬の感じがよく出来ていて、シンプルな画面の向こうにある、想像の奥行きに引き込まれてしまう。
煌めく星々が頭上に渦巻く凍てついたある夜、少女の祈りは、煙突から立ち昇るまっすぐな煙のように神様に届く。足を暖めてくれる大きな猫が欲しいというその無垢な祈りは、やがて叶い、ある日、それは空から降って来る。神様は雪で大きなふわふわの猫を作り出したのだ。逆さまになったりして、クルクルと舞い降りる猫の姿が、何とも言えない位に可愛い。青い空を背景にした雪が美しい。
ここで語られているのは、永遠に続く命の不思議さである。四季は繰り返し存在し、命を弄びそして同時に育む、という当たり前の事に、ぼく達はなかなか気付かない。老木から実が落ち、新たな芽がその木の記憶を継いでゆく。魂は存在するのかしないのかを問うよりも、それは人の"想い"の中にもあるという事を『ゆきのねこ』は教えてくれる。カルサが自分の死を予感していたかのような、最晩年に仕上げられた作品だ。