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文芸映画『プライドと偏見』。素晴らしい演出や美しい映像を中の恋愛劇を通して描かれる外部要因に振り回される人間の心の不確かさや愚かさ。
Text & Illustration by Yoshimi Yoshimoto (Design Studio Paperweight)
《独りもので、金があるといえば、あとはきっと細君をほしがっているにちがいない、というのが、世間一般のいわば公認真理といってもよい。》
夏目漱石が大絶賛したという書き出しで始まる、映画の原作『高慢と偏見』(新潮社刊は『自負と偏見』)は、イギリスの女流作家ジェーン・オースティンが生み出した、恋愛小説の最高傑作といわれています。
彼女が生きた18世紀末から19世紀初頭は、世界の情勢が大きく且つ速度を増して変動し始めた時代でした。イギリスでは産業革命が進展し「大英帝国」として国勢を拡大。しかしアメリカでは独立戦争、ヨーロッパ中でもフランス革命からナポレオン戦争へと戦乱が相次ぎ、その影響はイギリス本国にも及びます。
抗争、暴動、弾圧etc…。当時のイギリスの情勢は非常に不安定で、この激動の時代背景から、文芸面ではロマン主義時代を迎えます。
しかし、上記のような時代であったにも関わらず、ジェーン・オースティンの描く小説世界は、狭い視野の中で起こる人間模様、日常的でごく平凡な生活の中で起こる出来事で構成されています。
「田舎の村の3、4軒の家庭は創作の材料としてうってつけだ」という、ジェーン・オースティンの言葉からも解るように、彼女自身の目で、耳で、取材した事が小説の題材となっています。それも殆どが、のどかな田舎の、中流から上流の家庭が舞台となっていて、女性の最大の関心事である"恋愛"や"結婚"が物語の柱となっています。
この『プライドと偏見』でも田舎の上流社会が舞台、エリザベスやジェーンといった5人の娘達をはじめ、様々な女性の結婚観が見てとれます。観た後、結婚に対する思いや考えは、今も昔もそう変わらないのだなと思うはず。彼女の作品が、長い間世界中の女性に愛され続けているのは、この辺りにも理由があるのかも知れません。
但し、この小説が書かれた時代の結婚は、現在とは比較にならない程、女性にとって重要なものでした。例えば、女性は家督を継ぐ事が出来ない〈限嗣相続(げんしそうぞく)〉という制度。継承順は長男を先頭に男系の親族をたどり、女性は相続できない制度の為にエリザベス達は、結婚に重きを置かざるを得ない状況だったのです。
女性の囁きや本音が満載のジェーン・オースティンの小説は、時代を超え、今も絶大な人気を誇っています。中でも彼女の代表作とされている「高慢と偏見」ですが、これまで映画化されたのは1940年版の一度きりだったとは驚きです。
2005年度版『プライドと偏見』は、小説のイメージを壊す事無く再現され、次女のエリザベスとダーシーの恋をメインに描かれています。そこに、身分差や結婚に対する価値観、しきたりといった当時の時代背景が、作品を更に見応えのあるものにしています。
製作は『ブリジット・ジョーンズの日記』『ノッティングヒルの恋人』『ラブ・アクチュアリー』『アバウト・タイム~愛おしい時間について』等、英国流ラブ・ストーリーを描かせたら天下一品の、ワーキング・タイトル。ウィットに富んだ上質な会話が、とても魅力的です。ちなみにヘレン・フィールディングの『ブリジッド・ジョーンズの日記』が、『プライドと偏見』に影響を受けて書かれているという話は有名。特にブリジットが恋するダーシーは名前も一緒。
撮影は全てイギリス国内オールロケで敢行。絢爛豪華なお屋敷や調度品は全部本物。可憐な服装、丁寧な所作(ふるまい)…18世紀のイギリスを十分に堪能出来、シンプルなピアノの旋律が中心となるサウンドトラックが美しい。
出演者にはイギリス映画界を担う、豪華な女優や男優が勢揃い。主演のエリザベスにはキーラ・ナイトレイ。お転婆な娘からしっとり成熟した女性まで幅広く演じる彼女ですが、この作品では初々しい面影がまだ残る清純さを醸し出しつつ、可憐なドレスを身にまとった溌剌として能動的なエリザベスを魅力たっぷりに演じています。
エリザベスへの恋心に悩むプライド高きダーシー役にはマシュー・マクファディン。イギリス演劇界きっての実力派俳優。ファンの期待度の高い難役(過去ダーシーを演じたのは名優のローレンス・オリビエやコリン・ファース)を、見事に演じています。そして007シリーズのMでお馴染みのジュディ・デンチ、近年話題作『ゴーン・ガール』出演で活躍目覚ましいロザムンド・パイクや、『わたしを離さないで』『華麗なるギャツビー』のキャリー・マリガン、重鎮ドナルド・サザーランドなど、脇を固める配役が素晴らしいのです。
人の噂や思い込みから、ダーシーを嫌な人間だと思っていたエリザベス。しかし相手の本質が見え、心の襞に隠れていた自分の本当の気持ちに気付いた時、物語は一気にクライマックスへと進んでいきます。誤解、偏見、誇りetc…。恋を邪魔するものは、自分自身の中に潜んでいるのかも知れません。
■ストーリー
18世紀末。イギリスの田舎町に住むベネット家には、美しくてそれぞれ性格の違う5人の娘がいた。姉妹一の美人で温和な性格のジェーン(ロザムンド・パイク)、知的で快活なエリザベス(キーラ・ナイトレイ)、そしてまだ幼さが残るメアリー、キティ、リディア。当時は女性に相続権が無く、娘ばかりのベネット家の場合、父親が亡くなれば、財産は全て親類筋の男性が継ぐ事になっていた。娘達が路頭に迷わない様、母親(ブレンダ・ブレッシン)は財産のある家に嫁がせる事に躍起となり、父親(ドナルド・サザーランド)は将来を案じながらも、優しく見守るしかないのが現状だった。
そんなある日、ベネット家の隣に立つ豪邸「ネザーフィールド館」に、ビングリー(サイモン・ウッズ)という男性が越して来る。母親と娘達は彼が大金持ち、しかも独身男性だと知って大喜び。「明日の舞踏会に彼は来るかしら」…。ベネット家はその話題で持ち切りとなるのだった。
舞踏会の夜。ビングリーは彼の妹と、親友のダーシー(マシュー・マクファディン)を連れ立って会場に現れる。ダーシーは大地主でビングリーに勝る大金持ち、その上、背が高くてハンサム。しかし、ジェーンにダンスを申し込み、楽しそうに踊る紳士的なビングリーとは違い、ダーシーは高慢な態度で楽しむ様子も無く、その場にいる女性達を見下しているだけ。親友とおしゃべりしていたエリザベスは、彼が自分の事を侮辱しているのを聞き付け、強い反感を抱く。
後日、ジェーンにビングリー家から招待状が届く。雲行きの悪い中を馬で向かったジェーンは、案の定、雨に打たれて風邪を引き、回復するまでビングリー家で世話になる事に。心配の余り、ネザーフィールドを訪れたエリザベスは、そこでダーシーと再会。何処と無くギクシャクしているものの、普段通り、明るく、自然な振舞いで彼と接するエリザベス。そんな彼女を、ダーシーはこれまでと違った眼差しで見つめるようになる。
その頃、ベネット家には財産相続人である遠縁のコリンズが、そして町には連隊がやって来る。その連隊の男達を目当てで町に出掛けた娘達は、そこでウィッカム(ルパート・フレンド)という1人のハンサムな将校と出会う。エリザベスはウィッカムと話をする内に、彼がダーシーと昔からの知リ合いであるという事、そして過去にダーシーからひどい仕打ちを受けたと聞かされる。舞踏会でダーシーと再会したエリザベスは、ウィッカムから聞いた話を告げ、彼を責める。
しかしこの時、エリザベスはまだ気付いていなかった。ダーシーが自分に惹かれている事を。そしてこの先、2人の間に大きな変化が訪れる事を…。