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幻想文学の第一人者が贈るノスタルジックな物語。『ゲイルズバーグの春を愛す / I Love Galesburg in the Springtime』
10代の頃から好きな本。早川書房の文庫の中で最もぼくが愛する短編集の1つ。レイ・ブラッドベリやロバート・F・ヤングの著作と共に何度も読み返し、束の間の幸福感を味わって来た。全編優しくて切ない物語だが、ややもすると甘ったるくなるテーマを独特のほろ苦さが抑える。メランコリーやノスタルジーを主題とした物語が『ゲイルズバーグの春を愛す』に詰まっている。読後感は50代の今も全く変わらないが、自分が無くして来たものとは重ねてしまい、更に本に対する憶いが強くなるようだ。
表題作は古く美しい街並みを残すゲイルズバーグに近代化の波が押し寄せる時、それを阻止しようと働く奇妙で不思議な力を描く。ぼくは短編集最後を飾る『愛の手紙』が好きだ。アンティークのライティングテーブルを手に入れた青年が、隠し抽斗の中に1通の手紙を見つける。それはヴィクトリア朝時代の女性の書いたものだった。男は気まぐれからその手紙に返事を書くが…。
『ゲイルズバーグの春を愛す』に連なる短編のどれを読んでも、古き良き時代に浸り尽くせる。だがそれは湿り気を帯びた弱々しい類いでは無い。変わってゆく心や消えてゆく街の影に、淡々と手を振る感覚なのだ。そしてある日、胸が軽く締め付けられる。
ぼくは京都の街並みを何の思い入れも無く歩くが、東京から来た年長の知人達は何か別の面影を求めているフシがある。失われたものを探すように一歩一歩を大事にしている。
そういった郷愁を執着感無く描くのは難しいが、ジャック・フィニィは幻想的な手法やタイムトラベル等を通して、巧く表現している。ロマンチック過ぎるという批評も多いが、ペーパーバックスで読んだ原作はもう少しドライな感じだった。訳者福島正実の思い入れも加わっているのだろう、ぼくには不快では無い。古き良き心や街並みを残せない現代人の頭がおかしいのだ。
そして小説に現実の延長、辛辣さや人生に対する皮肉ばかりを求める方には、『ゲイルズバーグの春を愛す』はお薦めしない。