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クリストファー・ロビンと仲間たちが住む森は永遠の憧れ。そんな素敵な小さな冒険に忍び寄る「成長」の哀しみ。

Editing by Design Studio Paperweight INC

2018.12.13

劇作家A・A・ミルンが自分の子供(クリストファー・ロビン)をテーマにして作った童謡やお話の『クリストファー・ロビンのうた(When We Were Very Young)』『クマのプーさん(Winnie The Pooh)』『プー横丁にたった家(The House at Pooh corner)』をぼくは大変に好いている。いずれも、今から約80年も前にイギリスで出版され、今尚世界中の子供、そして大人達をも魅了し続けている。

プーの生みの親であるミルンは、1882年にイギリスのロンドンで、私立男子校校長の末息子として生まれた。ミルンの幼年時代のロンドンには豊かな自然が多く残っていた。産業革命後の科学技術の発達に反発する、信仰心の厚い教育者の父の影響で、多感な時期をその自然の中で過ごした。それらは『くまのプーさん』における森の描写に繋がって行く事等、言う迄も無いだろう。

やがてミルンは優秀な成績で学業を修めたが、父の望む教育者にはなりたくは無かった。作家になるのが夢だった。学生の間も、詩や評論を学校新聞に発表していた。大学卒業後は、フリーライターを目指し、父を失望させた。

何度か出版社の門を叩いたミルンだったが、採用には繋がらず、半ば諦めていたかけていた時、社会風刺を扱った雑誌の副編集長就任の話が舞い込んだ。仕事内容の殆どが編集の仕事だったが、随筆等を書き掲載される事もあった。そして1913年に同じ職場の編集者の娘と結婚した後、第1次世界大戦が始まり通信将校となり、フランスに派遣されたが塹壕熱に苦しみ最前線を後にした。

戦後、ミルンは副編集長職を辞任し、劇作で身を立てる事にした。療養生活の間に次々と発表した劇作によって、夢であった作家になる事が遂に出来た。


ぼくは以上のような、一般に伝えられるミルン偉人伝以外の、『くまのプーさん』シリーズのみで後年迄評価される状況を皮肉る、屈折した自伝も好きだ。ミルンは子供向きの本で有名になってしまった事を心から後悔していた。「子供向きの本となると、子供達が喜んで読むという以外に、何ら芸術的な報いはありません」とも言い、自伝のタイトルは『今からでは遅すぎる』!(何とも皮肉で気の利いたタイトル)。

もちろん皮肉ばかりでは無く、創造に対しひたむきに努力した事や、何よりイギリスの自然をどれ程誰よりも愛したかが、『くまのプーさん』の元になった事が分かる。そして少年時代が、大人の男にどんな影響を与えるのかを知る手掛りとしても読める。


『くまのプーさん』のもう1人の主人公「クリストファー・ロビン」、そう素敵な物語のモデルとなった、実際のミルンの息子クリストファー・ロビンに、起こった悲劇も感慨深い。

ミルンは『くまのプーさん』により成功を手にしたが、成功の裏で息子が周知にさらされるのを保護しようと、クリストファー・ロビンが登場する本を書くのを止めた。しかし、それももはや「遅すぎ」て、クリストファー・ロビンは虚構の人物「クリストファー・ロビン」の存在の大きさに戸惑い続ける半生となったのだ。

父同様に作家を目指すが挫折、様々な仕事を渡り歩き、結局両親とも不和になったと伝えられている。「父はぼくの小さな肩に乗っかって、自分が行きたい所に行き着いたのでは無いか。悲観的な時には、そう感じた。父はぼくから素敵な名前をくすねて、代わりに何もくれはしなかった。ただ、彼の息子としての、空虚な名声以外は…」。


クリストファー・ロビンは結婚後、小さな本屋を開いた。生まれた娘が病気がちで、いつも傍に付いていなければならなかった。ミルンが生み出した、平和な森の物語どころでは無い。しかし、彼は父から不屈の精神を受け継ぎ、努力を怠りはしなかった。形の無い名声に翻弄された苦悩と戦い、自分の人生を確立するための奮闘は、やがて自叙伝でもある『クマのプーさんと魔法の森』『クリストファー・ロビンの本屋さん』の執筆につながる。

その活動後、父の偉業の呪縛からやっと逃れられたのか、「父やプ−達に囲まれあたたかな光に守られているようだ」と、後年、亡くなる迄、数々の『くまのプーさん』イベントにも参加していた。娘との交流や自著の執筆の楽しさを通して、遂に長年鬱積していた心の問題を乗り越えたのだ。


ここでもう1人、光輝く『くまのプーさん』の、影にいる男を思い出す。ザ・ローリングストーンズの初期メンバーで、自殺という悲劇の死を遂げたブライアン・ジョーンズだ。彼はA・A・ミルンの物語を愛し、ミルンの元別荘で休養を取る程であった。ありとあらゆる悪事を働き、他のメンバーに音楽芸術の影響を与え続け、そして、気品に溢れ華麗であったブライアン。

しかし、人気も実力も絶頂期を迎えつつあるバンドの中で、純粋な理想を抱える彼は成長出来なかった。ビジネスマンとしても優秀な「大人」ミック・ジャガーとの対立に耐え切れなかった。本の中の純粋無垢の象徴「クリストファー・ロビン」にも、現実社会と戦ったクリストファー・ロビンにもなれなかった。自分の中の「少年」を守る術を見つけられなかったのだ。ドラッグに逃げるしか無かった彼は、朦朧と夢うつつのまま、別荘のプールに浮かんで逝った…。


『くまのプーさん』に描かれるお話の数々は、大人の中にある子供の部分に対して書かれたのでは無いだろうか。両親の影響や世の中に存在する複雑な事情と対決しながら、生きて行かなければならない大人にとって、「プー」の行動や言動、そしてクリストファー・ロビンの木のおうちは、永遠の憧れとなる。

友達を思い、緑の中でただひたすら遊びながら楽しく生きていけたら…、「現実もそうあればいいのに」と願いながらも社会と何とか折り合いをつけつつ、同時に自分の中の「少年」や「少女」を守り続ける事が出来る大人が、一体何人いるだろうか。

成長し「大人」になる事を決定的に義務つけられている人間にとっての、自分の本当の姿を守るヒントが『くまのプーさん』には込められている。

 

クマのプーさんを知る、オススメの10冊。

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